『青砂漠』
青く青く、それはどこまでも続いている。
優しく、やわらかく、見るもの総てを包み込んでくれる。
悲しみも苦しみも、総て静かに溶かしてくれる。
青い青い・・・無限の青砂漠。
(あの人の瞳の色も確か空の色だった・・・)
天を仰ぎながら、キラは目を細めた。
(けどまぁ、優しいだけの眼差しとはほど遠いけどね)
想い人の瞳の色を思い出すたび、凍てついた冬の灰色の空のようだと彼は思う。
険しく、激しく、寂しく、余裕の無い―――
薔薇色の髪を揺らし、自分に憎悪と愛を注いだ女は宇宙の塵となって消えた。
キラとアークエンジェルは、決して熱い絆で結ばれているわけではなかった。
穏やかに、平凡な学生として生きてきたキラの幸福を壊したのは、他の何者でもなく、かの艦だからだ。
だが、この艦に乗っていたからこそ得たものもあった。
世界の裏側を知り得た事。大切な友達を今護れているという事。そして―――
大切な友人の為に、大切な幼馴染と戦わなければならなくなった日に。
どちらも選べず泣いて、しかし誰にも気付かれなかった日に。
剣を振るうには心が傷つき過ぎていたあの日に。
キラは噛み締めるように瞳を閉じた。
何故、自分を憎む彼女を愛してしまったのか、キラには理由がよく解っていた。
一人ぼっちのキラ、と言って泣いた彼女もまた、孤独を抱いていたのだ。
「キラ」
鈴の鳴るような涼やかな声が、後方から降る。
キラは振り向き笑った。
「ラクス・・・カガリはどうしたの?」
桜色の髪を結い上げた可憐な少女が、首を小さく傾げる。
「それが奪われてしまいましたの。折角二人きりでお話しておりましたのに」
誰に、とは言わない。
拗ねたように頬を膨らましてみせるが、途中堪えきれなくなったように小さく噴き出した。
「あんなに独占欲が強い方だったなんて・・・ずっと知りませんでしたわ」
微笑む姿が、可愛らしい。
「あの二人なら、きっと上手くいくよ」
キラとラクスはお互い顔を見合わせて、もう一度微笑んだ。
「・・・何を考えていらっしゃったのですか?キラ」
ブリッジから見える空には、雲ひとつない。。
その青を縁取る鉄の枠に、ラクスがそっと手を這わす。
「やはり、まだ落ち着きませんか?」
心配げにキラを覗き込む。
「戦争はもう終わりましたのよ」
「・・・うん、ごめんねラクス。大丈夫だよ。そういうんじゃないんだ」」
慌てて、キラがラクスに言う。
「では、何を真剣に考えていらっしゃいましたの?」
「そ、そんな・・・・ただ、空が青いなって見とれてただけなんだ」
「・・・空?」
ラクスが空を見上げる。
キラも再び見上げた。
風が二人の髪をかきあげていく。
「なんだか・・・空を見ているとあの人を思い出してしいまいますわ」
少しの沈黙の後、ラクスがぽつんと呟いた。
その言葉にどくんっ心臓が音を立てて軋む。
「あ、あの人って?」
頭に浮かぶのはフレイ。
急に動悸が激しくなり、キラは拳を握り締めた。
(嫌だな、こんな事くらいで。僕はいつまで・・・・)
ラクスは空を見つめたまま静かに口を開く。
「アスランですわ」
「婚約していた三年間を思えば、私からしてみれば・・・」
普段と同じトーンで、彼女はポツリと呟いた。
「今のアスランは空のように透き通っていて掴み所がありませんわ」
キラが黙っていると、ラクスはにっこりと笑って振り向いた。
「彼女を連れていくのなら、私も連れていって下さいと頼みましたの。」
キラがラクスを見つめる。
「とても困った顔をなされて・・・けれど、やはり断られてしまいましたわ」
「あのような方ではありませんでしたわ・・・」
「無口で、でもとても優しい人?」
「ええ。少なくとも、情熱家ではありませんでした」
長い睫毛が、目元に影を落とす。春の空色の瞳がほんの少し翳りを宿す。
「空を見上げても、風を感じても、心に浮かぶのはアスランです。可笑しいですわよね?」
空を見上げても、風を感じても。
キラの脳裏に赤い影が落ちる。
「キラ、私悲しいんですの。お互いにもっと早く踏み込んでいたなら、今もまだ隣に居られたかもしれないかと思うと」
顔を上げた少女の空色の瞳には、僅かに涙が浮かんでいた。
もっと早くに。
もっと素直に―――。
「アスランもそう思ってるかもしれないよ」
苦しくなる胸を抑えながら、キラが無理に明るい声を絞り出す。
「けれど、それでも彼が選ぶのはカガリさんなのでしょう?」
「それなのに・・・・・・私はいつまで――・・・・」
キラは、その問いに答えられる術を持っていなかった。
沈黙が胸を押しつぶす。
キラはのろりと空を見上げた。
青い、青い、一面の青砂漠。
優しく、柔らかく、見るもの総てを包み込んでくれる。
悲しみも苦しみも、総て静かに溶かしてくれる。
青い、青い・・・無限の青砂漠。
「愛してた・・・」
この桜色の少女の中にすら、かの人を見ている。
2006.1.20.
久世 夜子
彼の傍にいられなくなった少女と、彼女の隣を永遠に失った少年。