朝日が眩しい。
カーテンを開けて、アスランはゆっくりと伸びをした。
誰にともなく呟く。
「・・・いい天気だ」
鉄の枠に収まった青空に、もこもことした雲が浮かぶ。
視線の遙か先には、空を逆さまに映した青い海。
少し目線を下げれば町と、今の時期だけ見られる桜色の山々が見える。
オーブは現在春真っ盛りだ。
宇宙では決して見ることの出来なかった四季の美しさは、飽きる事が無い。
それも全ては、一人の少女のお陰だ。
脳裏に浮かぶ向日葵色の髪。
チョコチョコと動き回る姿はまるで小動物のようで。
(落ち着きがなくて、危なっかしくて)
小さく微笑み窓に近付き、なにげなく下に目を遣り固まった。
「さ〜く〜ら〜〜さ〜く〜ら〜〜」
爽やかな雰囲気をぶち壊す酷く音程の外れた歌声とその発生源に、アスランは窓に噛り付く。
「・・・・・・・・・また何をやってるんだ?あいつは・・・・・・・・・・」
米神を押さえると、急いで上着を羽織り、自室の扉を開け出て行こうとし、
「おっと」
慌てて机まで戻り、ウッド製の引き出しを開け、赤いサングラスを取り出す。
それを己の耳にしっかりと掛け、今度こそ飛び出して行った。
笑いながら調子っぱずれな歌を歌っている――――
(落ち着きが無くて、危なっかしくて、非常識極まりない小動物!!)
――――もとい、主の元へ。
「あっ、アスラン!」
カガリは満面の笑みで振り返った。
余程急いで走ってきたのか、息を軽く切らせた元軍人の恋人が此方を睨んでいる。
「・・・まだ七時だぞ。こんな早くから何やってるんだ?人目も憚らず!」
言外に国家元首なのに、というニュアンスが含まれていたが、カガリはその意を無視して顎をしゃくってみせた。
そちらに目を遣り、アスランが軽く驚く。
「もう満開になってたのか・・・・・」
視界に広がる春の代名詞に感嘆の声が出る。
枝は空高く腕を伸ばし、それから滝のように地に向かって下りてくる。
その流れに乗る淡いピンクの花が、此方を覗き込んでいた。
「簾桜は初めてだろ。月にもプラントにも移植されてないからな」
「・・・ああ」
「散るのもあっという間だから、見るときにちゃんと見て春を満喫しとこう!
とりあえず、うるさい奴らが起き出す前にな!」
うるさい奴らとは、おそらくお目付け役の事だろう。
屈強な身体をした、ちゃぶ台も引っくり返しそうな頑固一徹の前時代的な中年親父、キサカ一佐。
見た目はただのふっくらとしたおばさんだが、マシンガントークという必殺技を持つマーナ。
二人ともカガリを溺愛している為、アスランには心なしか冷たい。
「・・・・・・あんな大きな声で歌ったら、寝てる人も起き出すぞ。
せめて、もっと静かに満喫しろ」
「えっ?じゃあ、私の歌で目覚めたのか!アスラン!」
途端に嬉しそうな顔をするカガリ。
「全然違う。爽やかな気分から現実に目覚めさせたのは君だが」
「えぇ〜」
「・・・・まさか、俺を起こすつもりで歌を・・・・・・・」
「へへへへ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・君・・・・・・・・・・ちゃんと睡眠はとったのか?」
「ぐーっすり!だから今日は夜桜を見に行くぞ!」
アスランは目を見開き、
「よ、夜桜?そんな予定入ってたか?今日は確か・・・・」
「仕事は明日倍頑張るさ!今日は遊ぶんだ!キラ達にももう約束してあるぞ!」
「なっ・・・!?」
「お前も一緒に行くんだぞ!」
底抜けに明るい声に開いた口が塞がらない。
暢気な笑顔に小言を言う気も失せる。
やれやれと肩を落としたアスランを、カガリの明るい瞳が覗き込んだ。
あっという間もなくサングラスを外される。
「カ、カガリ!」
「外しちゃえよ、こんなの。今は二人だけなんだからさ」
「しかし・・・!」
「素顔のお前と話したいんだ。さ、一緒に桜を座って見よう!
一人よりお前と見たいなって思ってたんだ!」
幼い声。あどけない表情。国家元首になったとは思えない、その屈託の無さ。
一体いつになったら落ち着いてくれるのやら。
もうすぐ18になるというのに。
(・・・本当に早く成長して欲しい)
アスランはこっそりと溜息を付いた。
それら全てを愛しいと感じてしまう自分は、きっと誰より重症で、正直いつ理性が切れるか恐ろしい。
いや、男は皆こんなものだろう。
「あ、私、飲み物持ってくるな」
「カ・・・」
伸ばした指先は空を切る。
(・・・飲み物なんていらないのに)
花を女に例えたのは、一体誰が最初だったのだろう。
美しくたおやかで、儚い。
咲けば手折られ、手折られなくてもいずれは枯れる。
花の命は一瞬だ。
そんなものと、彼女が同一線上にあるとは思えない。
吹けば倒れる、そんなちっぽけな存在ではない。
大戦の折、出撃前に言った己の言葉を忘れる日は無い。
君は俺が守る、と。
だが、実際の所、自分は何も助けていない気がする。
救われるのはいつも自分の方で、彼女の危機を救うのは彼女の兄弟だったり、いけ好かないオカッパだったりしてきた。
戦後こそは、と一大決心して「オーブに来ないか」というカガリの誘いに乗って来たものの、毎日何をするでもなく、護衛とは名ばかりの日々を過ごしている。
平和の国では早々、代表を狙うような暴漢も現れないし、テロも起こらない。
いや、起こって貰っては困るのだが。
・・・・役目が無い、と感じてしまう時がある。
半年経っても、未だ誹謗中傷に慣れない自分が腹立たしい。
気にする自分が情けなく・・・・・惨めだ。
そんな時には特に一人で居たくなくて、無我夢中でカガリに手を伸ばして抱き締めたくなる。
だが、絶対にそれはしない。
カガリを傷付けたくないから。
そうして、自己嫌悪に陥っていると、カガリは俺に笑い掛けに来る。
一緒に食事しよう。
映画を観ないか。
一緒に散歩をしよう。
一緒に。
一緒に――――・・・。
小さい子供が小さい子供を慰めるように、その手を伸ばす。
そして、無垢な笑顔でこう言うのだ。
『大丈夫。私が一緒だから』
無邪気な姫。子供のままの彼女。
カガリに心を癒される度、少しだけ棘も刺さっていく。
(飲み物なんていらない。君が欲しい)
それは、絶対に言えない言葉。
カガリと自分とでは身分が違いすぎるのだ。
・・・対等な戦友だったのは昔の話。
優しい彼女は、自分が望めば拒みはしないだろう。
無邪気な彼女は、それがもたらす事態に酷く心を痛めるのだろう。
アスランは心底疲れた表情で桜を見上げた。
(なら、今のままでいい)
伸ばした指先が空を切る。
それは、捕まえる気が無いから。
いつか理性が切れて、逃げる姫を追ったとしても。
きっと、最後の最後にはその糸を金繰り集めて立ち止まるに違いない。
見詰めて、追い掛けて、けれど捕まえない。
(震える君を抱き締める腕は此処にある。ただ、ひとかけらの勇気だけが足りない)
2007.2.13
アスランに足りないのはそれだけ。