ずどん、ときた。


『B』



「保健体育担当のカガリ・ユラ・アスハです!これから一緒に仲良くしていこうな!」

小ホールの壇上から、新任教師が元気良く自己紹介をした。
蜂蜜色の髪。夕陽色の瞳。ふっくらとした唇。女らしい丸みを帯びた肢体。


年若く、美人の女教師に、男子生徒達は色めきたった。
「すげー!美人!!てゆーか、若っ!!俺らとそう、歳変わんないんじゃねーの?!」
「しかも保健体育担当ってさ〜!!なんか卑猥じゃね!?うーわっ、教わりてー!!」
ヴィーノとアウルが、自らの身体を抱きしめるようにくねらせた。
「ばっかじゃないの」
そんな二人に、ルナマリアは白けた目を向けた。
「てゆーか、若過ぎじゃないの?20歳って。私達と三つしか変わらないじゃない」
「そうだよねぇ・・・?ちょっとねぇ・・・」
メイリンも頷く。
どうやら、この教師、男子には人気が出そうだが、女子からは厳しい評価を受けそうだ。
ルナマリアは後ろを振り向いて、声を掛けた。
「ねぇ、アスランはあーゆーの好き?」

アスラン、と呼ばれた男子生徒は、暫く壇上を見詰めると、
「いや、特に」
と、微笑んだ。
その笑顔にメイリンはぽっと頬を染め、ルナマリアはぱぁっと顔を輝かせた。
「そうよね!やっぱりアスランは外見には騙されるような、浅い男とは違うわよね〜!」
「どういう意味だよ!ルナマリア」
「うるさい!あんたは黙ってて!」
非難するヴィーノを一喝してから、ルナマリアはすすっとアスランの傍にひっついた。

「ねぇ・・・アスラン・・・・今日、いい・・・・?」

アスランにのみ聞こえる小さな声で、熱っぽく囁いた。
「ね、ほら、これ・・・」
他からは死角になるように、そっと彼のポケットに紙幣を忍ばす。
アスランは、それを見つめるとふっと笑った。
「じゃぁ、この後で・・・」
妖しげに熱を宿し、細められる翡翠の瞳に、ルナマリアは再び眩暈を起こしそうになった。

生徒達が小ホールを退場する際、アスランはもう一度壇上を振り返った。
遠目でも解る、蜂蜜色の女性。

(・・・ずどん、ときた)

アスランは口元を吊り上げた。





「あ〜!!緊張した〜!!」
職員室に戻って、カガリはばたりっと机につっぷした。
クスクスと他の職員達が笑う。
「上出来だったわよ。カガリ先生。ちょっとどもったけど」
にこにこと優しく笑うのは、国語担当のミリアリア・ハウ。
外はねの髪がなんともチャーミングな、カガリより4つ年上の女性だ。
「こんなんで緊張してるようじゃ、初授業じゃどうなる事やら・・・うーわー楽しみー!!」
くくっと悪戯っぽく笑うのは、英語担当のフレイ・アルスター。
薔薇色の髪をたっぷりと背に垂らした、同じく4つ年上の魅力的な女性だ。
「だっ、駄目です!それを言っちゃ!!不安になるから、考えないようにしてたのにぃっ!!」
眉を八の字にして、カガリが情けない声を出した。

「あ〜〜〜〜緊張してきた〜〜〜〜〜〜私もう死ぬかも!!!」
頭を抱えて、今にも泣き出しそうなカガリを見て、フレイは耐えられないといった風に、笑い出した。
「あんたって本当に面白いわね〜!はったりとはいえ、壇上でのあの凛々しさはどこに行ったのよ!」
「だって、だって!私、生徒達とあんまり歳も変わらないし・・・!びしっとしないと、馬鹿にされちゃうじゃないですか!」
握り拳を作り、必死に訴えるカガリは、キャンキャン喚く子犬のよう。
ミリアリアは、その小さな金色の頭を慰めるようにポンポンっと叩いた。
「そうそう、その読みは正しいわ、カガリ。間違っても生徒の前でそんな泣きっ面見せるんじゃないわよ。絶対、なめられて授業ボイコットとかされるから」
「ひいい!!」
「あら、それだけじゃ済まされないかもしれないわよ、ミリィ」
急にフレイがニヤリと笑った。
「なによ?フレイ・・・」
「なんですか?!なんですか?!アルスター先生!!」
聞きたいような、聞きたくないような。
びくつきながら、カガリはフレイに続きを催促した。
フレイは、怪しげな笑みを浮かべ、言った。

「ヤられちゃうかも」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は・・・・・・・・・・・・・・・・?」
たっぷり間があって、カガリが呆けた声を発した。
「だぁから〜、教師じゃなくて女なんだって思われたら、絶対教室とかに引きずり込まれて、滅茶苦茶にヤられちゃうって言ってんの」
「ちょっ、ちょっと!フレイったら!何言ってんのよ!カガリ先生がびっくりしちゃうでしょ!そんな事あるわけ・・・・!!」
身振り手振りで説明し出すフレイを、慌てて諌めようとしたミリアリアだが、その語尾は次第に小さくなっていく。
「・・・・・なくもない・・・か?」
そして、てへっと舌を出す。
思わず、カガリは目を引ん剥いた。
「なっ、なっ・・・!なんですか!それ!!冗談でしょ!?そんな生徒がいるんですか!?この学校に!!」
「いるのよ、いるいる。流石に女教師は知らないけど、色々な女生徒が一人の男子にヤられてるって話よ。保険医のラクス先生が、それ関連の悩み相談とか受けてるから、事実よ」
カガリは、唖然として声が出ない。
「その男子って、誰も名前出してくれないから、未だに正体解らないのよね?」
「そう。でもね、女子の間では通称があるらしいのよ・・・知りたい?」
「知りたい!知りたい!」

「『ビー』っていうのよ」

カガリは目をぱちくりとさせた。
「は?すいません、今なんて?」
「だから!ビーだっての!言っとくけど、ふざけてるんじゃないからね?!」
フレイが、心外だと言わんばかりに口を尖らせた。
ミリアリアがうーんと考え込む。
「でも、ビーって何?アルファベットのB・・・?その男子生徒のイニシャルかしら?」
「さぁね。知らない」
言うだけ言ってすっきりしたのか、、フレイはにこやかにカガリの肩に手を置いた。
「とにかく、気をつけなさい。ヤられないようにね」
「今の話を聞いて、何をどう気を付ければいいっていうんですか?!」
半泣きになってカガリが喚く。

「隙を見せなきゃいいのよ。生徒達にも。ビーにもね」

心の中でカガリは絶叫した。
(ここって、そんなにヤバイ学校だったっけ!?少なくとも私が在校してた時は、そんな事は無かったはずなのにっ・・・!!)



フレイとミリアリアに手を振られ、カガリはフラフラと体育館に向かった。
「はぁ・・・・なんだか、気が重くなっちゃったけど、初授業は明日だし、今日はその準備でもしよう・・・」
ここ、プラント学園高等部は、とても広い。
赴任したばかりのカガリには、巨大な迷路のようにも思えた。
配布された校舎見取り図と見比べながら、歩き続けていると、ようやく体育倉庫が見えてきた。
「よしっ。あれだな」
たたっと、走りよってから、カガリはふと足を止めた。

(・・・何か、音がする・・・)

(何かが圧される音、軋む音。それにこれは・・・・・女の子の声?)

カガリは何か異様な雰囲気を感じて、眉を顰めた。
おそるおそる、少し開いたままの格子状の窓から中を覗き込んだ。

そこには、
ひっきりなしに声を上げる女生徒と、その女生徒の腰を掴んで揺れる男子生徒が、いた。

「ァあっ!だめっ・・・あっ!・・・アスラっ・・・!」
ブラウスの上半分は開けられた状態、スカートは捲り上げられている。
(こ・・・これって・・・・・?)
二人の接合部分は、カガリの位置からは、スカートによってかろうじて見えない。
男女のこういった行為は、知識では知ってはいたものの、彼女にはまだ男性経験が無かった為、
瞬時に頭がこの事態についていかない。

男子の動きが激しさを増す。
瞬間、身体をびくりっと震わし、赤いショートの髪を壁に押し付け、ルナマリアは身体を反らせた。
「ァはぁァん・・・・・っっ!!」
そして、がくっとその場に崩れ落ちた。
未だ、身体を痙攣させたまま。


カガリは、じりっと後ろに足を動かした。
動悸が激しい。
初めて見る情事は、彼女にとって衝撃過ぎた。
(・・・怖い・・・!気持ち悪い・・・!今の・・・なんなんだよ・・・?!)
そして、一歩。
(ここにいちゃ駄目だ・・・!早く離れなくちゃ・・・!!)

ふと、男子生徒が窓に目を向けた。

「・・・!!!」

瞬間、
カガリは脱兎の勢いで駆け出した。




「今の・・・新任の・・・?」
アスランは、呟いた。
汗で張り付いた前髪を払う。





カガリは屋上に飛び出していた。
(今の・・・今のって・・・!!!)
パニックになっている自分の頭を、必死に落ち着かせようとする。
紺碧の髪。翡翠の瞳。
まず最初に覚えなさい、とフレイに見せられた高等部生徒会員の顔写真集に載っていた。

(生徒会長のアスラン・ザラっ・・・!?)



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