濁った水は、もう元には戻らない。
『B・4』
肌がぶつかる。水が飛び散る。絶え間ない嬌声は女が唯のメスになった証。
「・・やぁん・・・だめぇ・・っ!!」
涙は歓喜。拒絶はお強請り。少し焦らせば、
「いっ、いや・・・やめないで・・・!!もっとしてぇっ!!」
自ら腰を振り、せがむ獣に成り果てる。
望み通りに深く突いて、激しく擦って、ぐちゃぐちゃに掻き回せば、
「あひゃぁあっ・・・!!すごい・・・っ!!」
狂ったように高く鳴く。弓のように反り返る。
もっと鳴け。
もっと喘げ。
身体が熱くて仕方ないんだ。
気絶するまで離さない。
ひくつく腔内を激しく責め立て、昇天させ続ければ、やがて女はびくびくと痙攣し、意識を手放した。
――――――口元を愉悦に歪ませて。
それを確認すると、漸く自身を引き抜いた。
「・・・・やっとおさまったよ、先生・・・・」
体育倉庫の中、アスラン・ザラはうっとりと呟いた。
朝日を受けて、むくりとカガリは起き上がった。
目覚めは最高に悪い。
鈍く痛む下腹部を忌々しそうに睨むと、勢いよくベッドを降り洗面台に立ち、
「・・・っ!!」
鏡に映る首筋の花弁に、思わず持っていたタオルを床に叩き付けた。
(あんのっ・・・クソガキ・・・!!!)
広大な敷地を囲む真白い塀には、小鳥と戯れる女神のレリーフがあしらわれ、その下の煉瓦式花壇には、誠実と純潔を表す菫が咲き乱れる。
暖かな陽射しが降り注ぎ、深い緑葉と赤い薔薇のアーチが、登校する生徒達を出迎え、大理石の校舎の頂に彫られた砂時計の校章が、それらを悠然と見下ろす。
ここはプラント国一の名門ザフト学園。
誰もが賞賛して止まない若き紳士淑女の楽園であった・・・・・そう、かつては。
「おっはよー!アスラン!」
「おはようございます、ザラ先輩・・・!」
「今日も素敵ね、アスラン君」
かしましい女生徒達の声が、昇降口に響く。
「おはよう」
瞳は翡翠。髪は藍。
男性にしては白く滑らかな肌。
物腰は柔らかく紳士的。
表面だけ見れば、確かにアスラン・ザラは理想の美青年であった。
うっとりと女生徒達が彼を見送る中、一人の女生徒が足早に近付く。
「あの、アスラン君。今日平気・・・・?」
ツインテールの可憐な少女が頬を染め、か細い声で問う。
アスランは歩みを止めた。
「あ、あの・・・最近ルナとよく・・・してるって聞いて・・・っ」
「ああ、してるよ」
躊躇なく頷けば、途端にしゅんとなる。
アスランはその小さな頭を見下ろし微笑んだ。
「でも今日はルナマリアじゃなくて、君が買ってくれるの?メイリン」
直接的な言葉にメイリンは、トマトのように真っ赤になった。
恥ずかしさに首を竦めて瞳を閉じ、しかし必死に言葉を紡ぐ。
「たっ・・・たくさんバイトしたの・・・!だから暫くは平気なの・・・っ!」
「そうなんだ。じゃあ・・・」
アスランはにっこり微笑んだ。
赤く染まった耳元に口を寄せ、この上もなく甘く囁いた。
「今日は、うんと苛めてあげる」
低い声音が脳を蕩けさせる。
メイリンはくらりとした。
「昼休みにしようか?それとも放課後まで待つ?」
「・・・お、お昼・・・」
ぼうっとした表情のまま答えるメイリンに笑顔で頷くと、アスランはその場を後にした。
歩きながら笑う。
(女の子は可愛い)
純粋で無邪気。そして盲目。
こと恋愛とSEXに関しては。
期待のこもった瞳の奥に、いつの日か客としてではなく恋人として抱かれる日を夢見ているのが、手に取るようにわかる。
アスランは笑った。
(・・・本当に可愛いよ)
「毎日お盛んですこと」
鈴の音のように涼やかな声が響く。
アスランは振り向かずに答えた。
「ラクスか。おはよう」
「・・・クライン先生、でしょう?ここは公共の場ですわよ、ザラ君」
保険医が隣に並ぶ。
だが、生徒は相変わらず前を向いたまま視線すらよこさない。
面白がるような声だけが、本気でない叱責に答える。
「何を今更?誰も聞いちゃいないさ。それより何?珍しいな、こんな時間に廊下に出てるなんて」
「・・・・一応、昨日の御報告をと思いまして」
途端にアスランが振り返る。
その現金さに、ラクスはやれやれと肩を竦めた。
「口止めは致しましたわ・・・・。ただ、今までの方とは少し毛色が違いますわね」
空色の瞳が細くなる。
「へぇ?」
「とにかく、後は本人次第ですわ。意地を通して首を切られるか、職の為に泣き寝入りをするか・・・・。
二十歳といえど、腐っても大人の部類です。賢い選択をなさると思いますけれど」
「泣き寝入る代わりに、とことん俺も避けるってのが妥当だろうな」
アスランが首を傾げ、愉快そうに言う。
「だが、そんな女を落とすのも楽しい―――・・・・」
「ありえんなっ!!!!」
大きな声が言葉の続きを遮った。
後方から力強く袖を引かれ、振り向けば、今度は胸倉を掴まれる。
「泣き寝入りに逃げ隠れ?!お前如きがこの私を落とすだと・・・!!」
走ってきたのか息を切らし、「それ」は琥珀の瞳をぎらつかせていた。
「歯を食いしばれ!!教育的指導だ!!」
ラクスが口を開け、目を真ん丸に見開くのが視界に入った。
彼女とは幼少の頃からの付き合いだが、こんな顔は初めて見たな、とアスランは小さく感動する。
だが、きっと自分も人の事を言えない。
込み上げる思いに、口元がゆっくりと釣り上がる。
アスランは、カガリ・ユラ・アスハを嘗めるように見た。
(・・・面白い・・・!!!)
出勤したフレイとミリアリは、目を疑った。
大勢のギャラリーが集まる中、見覚えのある金の頭が藍の頭に掴み掛かっている。
しかも、金の方は昨日赴任してきたばかりの新米教師で、藍はあろう事か、この学園の理事長の息子であった。
二人は脱兎の勢いで走り出し、カガリとアスランの間に割り込んだ。
「ちょっ、ちょっと一体何やってるのカガリ先生?!」
「熱血指導だなんて彼には必要ないわよ!!いい子だからこの手を離しなさい!!」
フレイがカガリを羽交い絞めにして、アスランから引き離す。
ミリアリアは、くしゃくしゃになったアスランの襟元を見て冷や汗が吹き出た。
(赴任早々、ザラJr.に手を出すなんて・・・・!!
理事長に知れたら、首とばされるわよ・・・!!)
フレイの腕の中でカガリが暴れる。
「はっ、放して下さいっ!!アルスター先生!!なんで止めるんですかっ?!」
「なんでも何も、ザ・・・生徒の胸倉掴むバカがどこにいんのよ!!」
「掴んでやりゃいいんですっ!!こんなクソガキ!!」
大声で怒鳴ると、びしりとアスランを指差し、牙を剥くが如く鬼の形相で言い放った。
「いいかよく聞けよお前!!理事長の息子だか生徒会長だか知らないが、私は一切遠慮も優遇もしないぞ!!
次ふざけた真似したら確実にぶっとばしてやるからそう思え!!!」
辺りがしんと静まり返った。
見物人達は口をあんぐりと開け、それぞれに顔を見合わせる。
フレイとミリアリアはぐらり、とよろめいた。
(確実にとばされた・・・・・っ!!!!)
アスランは翡翠をぱちくりと瞬かせる。
(そこでお前がきょとんとしても、全然可愛くないんだよ!!)
カガリが再び口を開こうとした時、
「センセー、もうHR始まっちゃうんで、そのくらいにして頂いていいですかぁ?」
緊迫した雰囲気の中、ギャラリーから快活な声が響いた。
艶やかなショートヘアを撫で付け、ルナマリアが微笑む。
カガリの目が見開かれた。
それまで静観を決め込んでいたラクスもまた、ルナマリアと同じように歩み出る。
「さぁさぁ、皆さん?遅刻になってしまう前に教室にお行きなさいな」
その場にいた全員が、漸く今の時刻に気が付く。ざわざわと廊下が慌しくなり、
「うっわ!やばい!」
「俺、レポート写そうと思ってたのに・・・!!」
興味に後ろ髪を引かれながらも、それぞれの教室へと散っていく。
フレイとミリアリアも我に返ったように顔を見合わせた。
「私達も職員室行かなきゃ!!」
「ちょっとカガリ先生!あなた今日初授業じゃなかった?!」
固まっているカガリの耳元で、フレイが怒鳴る。
「早く準備なさい!あなた、昨日体育倉庫に向かったのに具合悪くなって、何も出来なかったんでしょ?!」
ルナマリアが片眉を上げた。
琥珀の瞳は、此方をじっと凝視している。
アスランに目をやると、彼は未だカガリを見ていた。
「ほら!行くわよ!!」
ずるずると二人の女教師に引きずられながら、カガリは二人の男女から目を離せなかった。
(・・・・似てる・・・・!
体育倉庫で見た赤い髪に・・・・!!)
脳裏に蘇る卑猥な光景に顔が再び熱を持ち、同時に胃がむかついた。
(もしあの彼女だったなら、どうかしてる・・・!!
あんなヤツとあんな風に抱き合うなんて!!)
未だ此方を見ている翡翠に凄んだ睨みをくれると、カガリは廊下の奥へと姿を消した。
ラクスが、アスランにだけ聞こえるように呟いた。
「・・・法には訴えないけれど、泣き寝入りをする気も無い・・・・ですか。腐っても大人、ではなかったようですわね」
無機質な鈴の音に、アスランもまた小さく囁く。
「腐ってたのは俺達の予想の方か?」
「何をのんきな。それよりも・・・・・」
ラクスがアスランを小さく睨んで言葉を切り、視線を廊下の向こうに投げた。
「早くあの方をどうにかして下さいな。何かの拍子に事の実態を喚かれ、ザフトの名を汚される前に・・・」
鋭く囁くと、声音とは対照的にゆったりとした足取りでその場を離れていった。
(・・・・もちろんさラクス)
翡翠がうっすらと笑んだ。
(あんな面白くて美味い獲物、この俺が逃がすものか。
・・・・・・・・・・骨抜きにしてやる)
軽快な足音が近付く。
ルナマリアは小首を傾げて、アスランを下から覗き込んだ。
「怖いもの知らずのセンセーねぇ!一体何しちゃったの?アスランってば」
アスランは薄ら笑いを引っ込め、紳士の微笑みを貼り付ける。
「大した事じゃないさ。あの先生には大した事だったみたいだが」
至近距離で微笑まれたルナマリアは、思わず頬を染めた。
「も、もうっ。だから、その内容を聞いてるんだってばっ!」
拗ねたように口を尖らす女に、アスランは暫し考え、ややあって口を開いた。
「廊下の角でぶつかった時に・・・たまたま彼女の胸に触ってしまったみたいなんだ」
神妙に言って、心の中で舌を出す。
ルナマリアは目を丸くした。
穏やかに肩を竦めてみせるアスランを、ルナマリアはまじまじと見つめた。
「ええ?なぁに?そんな・・・・事故で怒ってたの?あのセンセー」
「そうだよ」
「・・・なんだ。さっきの騒ぎで、ちょっと面白い先生なのかもって思ったのに。蓋を開ければただの自意識過剰女かぁ〜」
大きく溜息を付き、ちらりとアスランに目をやる。
男はすっと視線を外し、
「そういえば、二限目ってあの人の体育だったな」
どこか愉しそうなその声に、ルナマリアはむっと眉を顰めた。
(・・・・・・なんでそんな嬉しそうなわけ?)
自分を置いて、教室へと歩いていく男の背中を睨み付ける。
(やっぱあのセンセー気にいらないっ!
理由はなんであれ、アスランに興味持たれるなんて百年早いのよ!!
・・・・・てゆーか・・・・・)
自らも教室へと入りながら、ルナマリアは目を細めた。
(二人は本当にぶつかっただけの仲なの・・・?)
好きな男の言葉は基本的に信じるが、女が絡むなら話は別だ。
無論、相手が教師であっても関係ない。
そもそも、彼の説明の内容だけであの騒ぎになるとは・・・・・・・・・・どうにも信じ難いのだ。
(なんかある気がするのよねぇ・・・・)
言うなればそれは女の勘。
ルナマリアは眉根を寄せ、自分の場所に着席する。
担任が教壇に立つが、いつも通り無視する。
(大体、なんかあのセンセー、私見て驚き過ぎてた気がするし・・・・
それに、アルスター先生が言ってた内容よ)
昨日。
体育倉庫。
斜め前方にある藍色の髪をちらりと見る。
(まさか、アレ見られてたとか?)
いつも最中は周りの事など気にしない。
たとえ誰かに見られようとも、自分は一向に頓着しない。
いっそ見せびらかしたいくらいだ。
ルナマリアは小さく鼻を鳴らす。
(でも、それは出来ないわ。
アスランは理事長の息子だもん。
校内でそんな事してるなんてバレたら、どうなるかくらい目に見えてる。
それに・・・・ビーは誰のものでもない)
あれは自由な蜂。
自分達は必死に蜜を香らせ、蜂を寄せ付けようとする花。
美しく、家庭にも恵まれた彼が何故淫売の真似事をするかは、自分の知る所ではない。
抱かれたい相手に、金を払って抱かれる。
好きな男を買って、一時の夢を得る。
他に手に入れられる方法が無い相手なのだとしたら、
その行為の何が悪いのだ。
ルナマリアは担任の話を聞き流しながら、じっくりと考え始めた。
(もし、あの場面を見られてたとして・・・・それであの人がアスランに教育的指導でもしてたってわけ?
でもそれじゃ、私がお咎めなしってのは変よねぇ・・・・ん?)
確か、あの日。
彼に散々責められ気絶して目覚めた時、何故か彼は傍にいなかった。
半刻か、一刻か解らないがとにかく。
彼はその間どこに行っていたのだろう?
(一度だってあんな事はなかった。
いつもは起きるまで傍にいたのに。
それに、いつもは無い事がもう二つ―――)
戻ってきた蜂は、らしくもなく再び肌を求めた。
常ならば、追加料金が発生してもおかしくない状況で、何故かそれもいらなかった。
そして、もう一つ。
(・・・・・・・・・『身体が熱くて仕方ないんだ』・・・って言ったのよ、アスランが・・・・・・・・・・)
そんな盛ったような台詞を、彼の口から初めて聞いた。
その時点では、自分に対する言葉と思い有頂天になったのだが・・・・・。
本当に癪ではあるが。
思い起こせば思い起こすほど、彼にしては不自然であった。
そして、彼の説明通りなのだとしたら、アスハの行動も不可解過ぎる。
(事故で胸触られたぐらいで、理事長の息子に掴みかかる?
ありえないわよ、普通なら・・・!)
奇妙な点が二つあれば、それらを線で結ぶのは比較的容易い。
だが、ルナマリアは悩む。
(・・・・・・・けど・・・・
理事長の息子が初対面の女教師とどうにかなるなんて、リスクが・・・)
「では、これで朝のHRを終わりにする。一限目の科学は、科学室で行うそうだ。遅れるなよ」
突然、担任の声がクリアに耳に入った。
がやがやとなるクラスに、ルナマリアは思考を打ち切った。
(・・・・やめやめ!
どちらにせよ、今はまだ気を揉む時じゃないわ。
ただの思い違いならそれで良し。
そうでなきゃ、徹底的に苛めてやるまでよ・・・・・ババァがアスランに近付くんじゃないわよってね!!)
ルナマリアは勢い良く立ち上がると教材を引っ掴み、先を行く藍色の頭を追い駆けた。
そして、二歳差の少女にババァ呼ばわりされているとは夢にも思わないカガリは、職員トイレでフレイと鼻息を荒くさせていた。
「カガリ!あんた、おかしいわよ!?アスラン・ザラだけは一番最初に覚えとけっつったでしょ!!!」
「覚えましたよ!!一生忘れませんとも!!!」
「その殺気立ってるのがおかしいってのよ!!!」
カガリの胸倉を掴んで揺らすフレイは、もはやカガリに先生を付ける事も忘れている。
そして、
「フレイ!!落ち着いて!!カガリ先・・・あぁもうっ!!このバカカガリ!!一体彼と何があったの!?」
ミリアリアもまた、礼儀をかなぐり捨てた。
カガリは悔しげに呻いた。
「・・・それはっ・・・・言えませんっ!」
「どうして!?」
「なんでよ!!」
「あいつなんかの所為で、首飛ばされる事になったら死に切れない!!私は、母校で教師になるのが夢だったんですから!!」
「えっ、えぇ?!なに!?言ったら、飛ばされるようなヤバイ事に首突っ込んでるわけ?!」
「だったら尚更ザラJr.に喧嘩売るんじゃないっての!!」
「売ってきたのはあいつですっ!!」
カガリが、両の拳をぶんぶんと振って喚いた。
「くっ・・・!!私がお二人に打ち明けれる事があるとしたら、それはこの煮えたぎる怒りの炎だけ・・・・っ!!」
何かに耐えるように胸を押さえたが、突然、両の拳を天に突き出し、唖然とする二人を前に声高に叫んだ。
「私はあいつが大嫌いだ―――っっ!!!
私はあいつを叩き潰す―――っっ!!!!」
ずこけけっ!!
フレイとミリアリアが豪快にこける。
「たたたたたた・・・っ!!」
「きっ、聞き間違いよフレイ!!教師が生徒を叩き潰すなんて言うもんですか!!百歩譲って、叩き直すの言い間違い――・・・」
動揺のあまり、ひたすら「た」を連発するフレイと、必死に冷静になろうとするミリアリアに、
「潰すんです!!!」
背後に炎を背負ったカガリの容赦ないトドメが入る。
「骨の髄まで後悔させてやりますよ・・・!このカガリ・ユラ・アスハを敵に回した事をね・・・!!」
新米教師が、職員トイレの扉を豪快に閉めて出て行く。
後に残された二人は、引き攣った顔を互いに見合わせた。
「と、とんでもない新任だわ・・・・!!」
「・・・・・・・あ、頭痛い・・・・・・っ」
乾き切った声だけが、室内に響いた。
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