壁があるならぶち破れ。
『B・6』
ざわり。
カガリとキラが教室に入ると、生徒達は一斉に好奇の目を向けた。
「来た来た!今朝の騒ぎの当事者が・・・!」
「私、現場いた。原因はよくわからなかったけど、ルナが言うには事故だって」
「見たかったなぁ・・・前代未聞の教師だよね・・・!」
「でも、そんな人がちゃんとした授業出来るのかな?」
アウルとヴィーノも口を挟んだ。
「可愛いからいいんじゃない?どーでも」
「スマイルくらい融通のきくセンセーなら別にいー」
お手並み拝見だな、と全員が目を光らせる。
ひそひそと飛び交う囁きの内容までは、無論カガリに聞こえていない。
(でも、大体予想はつくんだよなぁ・・・)
早々に貼られたであろう不名誉なレッテルに内心ショックを受けながら、カガリは無言で教壇に立った。
ぐるりと教室を見渡す。
(・・・いた・・・・・!!)
奥歯を噛み締める。
窓側の後ろから三番目に、藍色の頭が見える。
総ての元凶、アスラン・ザラ。
カガリは瞳を吊り上げた。
対して、当のアスランは涼しげにその視線を受け止める。
口元にほんの僅かな笑みを浮かべて。
ぎりっと奥歯が鳴った。
(・・・・反省どころか、今朝私が言った事を本気にもとってないんじゃないのか?もしかして・・・)
自分は、奴のいるクラスだと知った時から、胸がむかついて仕方がなかったというのに。
だが、同じ学校の教師と生徒である以上、避け続ける事は不可である。
なら、正々堂々立ち向かうしかない。
むしろ奴の行く先々に立ちはだってやる。
(吠え面かくなよ、アスラン・ザラ・・・!!)
「・・・アスハ先生?」
キラがカガリを小突く。
だが、カガリはアスランを睨んだまま微動だにしない。
「・・・アスハ先生!」
袖を引いても動かない。
キラは黙って手を引っ込めた。
カガリとアスランの間に、一方的な火花が散る。
教室に緊張が走った。
ルナマリアが目を見張り、アウルとヴィーノは息を呑んだ。
その時、
ばごっ!!
鈍い音と共に、カガリの首が直角に曲がる。
「・・・アスハ先生。まず、するべき事は何でしたっけ?」
不自然に曲がったステン製の出席簿を片手に、キラが引き攣った笑みを浮かべる。
「もっ・・ものすごく痛い・・・・っ!!ひどいですヤマト先生!首折れたらどうするんですか?!」
「どうもしません。ちょっと面白いだけで」
「面白っ・・・」
カガリは叩かれた箇所を手で押さえ涙目で抗議するが、
「まず、する事は?」
再び繰り返すキラの背後に、有無を言わさぬどす黒いオーラを見て押し黙った。
気の所為だろうか。
口元は笑っているのに、目が笑っていないような。
だらりと汗が流れる。
(こっ・・・この人こわっ・・・!!)
ぎこちなくカガリは笑った。
「・・・あ、挨拶と自己紹介・・・でしたっけ?」
「はい。そうですね」
穏やかにキラが微笑んだ。
心の中では、
(あああ!!やっちゃった!!つい、どついちゃった!!
やばいかなやばいよね生徒の前でそんなの!!
ああ皆すぐ忘れて!!間違っても理事長とか他の職員とかにちくらないで!!
今のは幻覚だから!!僕はただのスマイル先生だから・・・!!!)
などと悲鳴を上げていたが。
ヴィーノが呆然と呟く。
「・・・マジ?あのスマイル先生が人どついた・・・」
「わーお・・・やるなぁあのセンセー」
隣の席のアウルも身を乗り出し、声を弾ませた。
「・・・ばかみたい」
ルナマリアが冷めた一瞥を送り、
「・・・・なんか怖い・・・・」
メイリンがどん引く。
アスランは机につっ伏した。
肩を震わせ、必死に笑いを堪えている。
カガリははたと思い出す。
(挨拶・・・自己紹介・・・そういえば・・・)
チョークを手に取りうんうんと唸り出した新任に、キラの眉がぴくりと跳ね上がる。
「・・・今度はどうしましたか?」
カガリは慌ててぱたぱたと手を振り、
「え?いやいや!ちょっと言われた事を思い出してて・・・」
「・・・誰に何を?」
訝しげな問いには答えず、やおら黒板の前に立った。
すーはーすーはー、と深呼吸を繰り返し、くるりと生徒に向き直り、そして。
「私の名前はっ!!カガリ・ユラ・アスハだ―――――――っっ!!!」
びりびりと振動する空気の中を、大音量が突き抜けた。
あまりの声量に、思わずカガリ以外の全員が仰け反る。
キラに至っては、教室の壁に頭から突っ込んだ。
カガリは踵を支点に勢い良く黒板に向き直り、
「字はこうっ!!!」
勢いはあるが味気もへったくれもない超特大の文字を、幅四メートルはある黒板に縦横無尽に書き殴る。
「年は二十歳っ!!
嫌いなものは胡散臭い奴っ!!力に訴える奴っ!!虎の威を借る奴だっ!!」
眼光鋭く言い放つと、再び生徒達に向き直る。
びしぃっと親指を突き出し、
「なめるなよっ!!よろしくなっ!!」
鼻息荒く、踏ん反り返った。
シ―ン・・・・
教室が完全に静まり返る。
キラは足元がぐらりと揺れるのを感じた。
確かに挨拶しろとは言った。
自己紹介しろとも言った。
彼女は名乗り、よろしくと言った。
オーケイ正解。
いやだがしかし。
(あ、ありえな・・・・っ)
常識の域をぶっ飛ばしている。
どこの世界に、初顔合わせで生徒を威嚇する教師がいるのだ。
前代未聞どころではない。
「・・・・・・・アスハ先生・・・・・・・」
地を這う声で名を呼べば、呑気な新米は至極満足といった笑みを見せた。
「アルスター先生とハウ先生に言われたんです。生徒には嘗められないようにしなさいって!」
ひききっ。
(フレイ・・・ミリアリア・・・これからそういう事は、言葉のちゃんと通じる相手に言ってよね・・・!!)
キラが大きく震え出す。
尋常でない教師の様子に、生徒達は呆然と目を見開いた。
(スマイルから笑顔が消えた・・・・・!!!)
それどころか、確実に血管が浮いている。
生徒達は見た。
癒し系キャラの怒髪が天を突く瞬間を。
「それ絶対意味違うから!!君がしてるのはただの威嚇だから!!
彼女達が言いたかったのは常に毅然としてろって事なんだよ―――!!!」
先ほどのカガリの大声に匹敵する音量で、キラが叫ぶ。
「何考えてるんだよ!!何も考えてないのかよ!!その頭に脳味噌は入ってないのか―――っ!!」
「んなっ・・!?入ってるに決まってるじゃないですかっ!!生き物には大抵入ってるもんですっ!!」
「誰が生物学の話をしてるんだよ!!」
もはや教室に響くのは、保健体育教師二人の怒鳴りあう声だけ。
どうしようもない空気が漂う中、
「くっ・・・あははっ・・・」
笑い声が上がった。
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